ナ・レ・
発表会ではない普段の稽古場風景を見るのは楽しみだった。
後ろの席から稽古を見ていると芝居を見落としてしまう時があるが、それは、座っている人たちはどんな風に人の芝居を見ているのかが気になってしまうからである。
ボ〜っとしている人、自分の番の為に本を読んでいたり隣の人と話していたりと何か緊張感が無い慣れた雰囲気。指導者は何も言わない。なぜなら義務教育や養成所といった教えてもらう場所ではないからである。役者が考え創造して演じてみて、それを見てもらう場なのである。役者として芝居を勉強したいという人が集まっている事が前提なのはもちろんの事、言われるまで気が付かないというのは意識が低いにも程がある。
「先生、教えて下さい!」という姿勢からは役者というクリエーター、アーティストとい言葉からかけ離れている。
何故ここにいるのか?
何故これを選び演じているのか?
何故自分は役者をしているのか?
本当に考えなくてはならない。いつまでも、ただ来ていればそのうち身になると思っているのかもしれないが、それなら時間とお金のlossになるだけだから辞めた方がいい。もっと他に合う事、楽しい事が見つかるはず。
カッコ良く見られたい。上手に見られたい。褒められたい。そういった気持ちはあるにしてもそれだけだとただのナルシストである。
物語の人物を演じ伝える事が役者の必要な事ではないだろうか。
ただソレだけだが、ソレが難しい。自ら色んなものを背負いたがる、不必要なものを。
ただ素直に謙虚に情熱があればいい。そういう人間は魅力的だ。
飯を食って風呂に入って寝て起きてまた飯を食ってと生きて、いられる。
何故生きて、いられるのか?
もし普段通り通っていた稽古が今回が最後だとしたら?
もし指導者が事故に遭ってしまったら?
もし自分が事故に遭ってしまったら?
今日聞いたレッスンが最後の言葉だとしたら?
それでも本を読んでいるだろうか?話をしているだろうか?後悔をしないのだろうか?反省はしないのだろうか?
芝居が出来る、それだけでも幸せな国である。したくても出来ない国があるというのに. . .
もっと緊張感が必要ではないだろうか?
人に見せてナンボ! 見られてナンボ!
人に見せるという事は決して楽ではない! ?
大げさかもしれないが、一度そういうことを考えてみてもいいのではないだろうか?
まだ少し演劇から離れられない自分がいる。
自分の道さえ分からないというのに. . .
p.s.
友人曰く、自分からはダークサイドのようなオーラが漂っていたらしい。
友人は何にも気にしないが他の人はやりにくいんじゃない?とのこと。
でもそんなことでやり難いとか言ってたらどうするじゃ!と友達と演劇論?に華が咲く!
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コメント
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いま舞台稽古の真っ最中で、asakaの言葉が染み入りました。
しかし、やっぱり演劇のことを語ると熱い人ですね。
能舞台、楽しみにしてます。
では。